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生きたり死んだり

自分がいつか死ぬということを、頻繁に忘れている。
平和ぼけしているのかもしれない、24年間死ななかったものだから。
だが確実に死ぬ。
明日か、来月、来年、10年後、20年後、あるいは自分が百歳になった時、私は死ぬ。
22世紀までは、きっと生きられないだろう。
不老不死になれたら、別だけど。

死んだら、なにもない。
天国なんてものはない。輪廻転生もない。
ただ一度、生まれて死ぬだけなんだろう。
夢も希望もない。
絶望もない。

何年か前に、じいちゃんが死んだ。
糖尿病で、何年か入院して、足も切断して、その後、死んだ。
なんだか悲しかった。
今でも、「ああ、じいちゃん死んじゃったなあ」ってぼんやり考えることがある。
ああ、じいちゃん死んじゃったなあ。
原付で走ってる時。電車に揺られている時。

死ぬということは、眠ることと変わらない、という理解をしている。
意識を手放す。起きるまで、眠っていたことには気が付かない。
自分が死んでいることには気が付けない。
毎日、明日起きるかわからないのに、ちゃんと意識を手放しているのだから、眠っている間に死んでいても、なんの不都合もないと思う。
なら、死を恐れることに意味はないんだろう。

本当に?
……実は、たまに、怖くなる。自分が死ぬことに。
ひゅっ、と自分の身体が嘘っぽく感ぜられて、眠れなくなる。
私にとって、死ぬのが怖いことと眠るのが怖いことは等価だ。
死ぬのが怖い、自分が世界からいなくなって真っ暗闇に放り出されるのが怖い、でも生き続けるのも怖い、
生き続けて変質していくのも怖い、どうせどこかで自分だと思っているものは総て入れ替わっているんだろう、
自分というものがあるなんてことは幻想なんだ、毎日死に続けているんだ、何を今更、
そんなふうに、ぐるぐるぐるぐる。
いつの間にか意識を失っていて、起きる。

例えば明日死ぬとする。
短絡的だけれど、そういうことにしてみる。
事実を知った私はどうするだろう。
猫のように死に場所を探す。歩けるだけ歩いて、景色のいい場所で、寝っ転がって、そのまま眠る。
あるいは、一日中ピアノを弾く。友人を一人呼んで、好きなだけ弾き続ける。
好きな人には、きっと会いに行かない。会いたかったなー、好きだったなー、と思うだけ。

今から、眠る。今日は、怖くない。





2013/06/14 03:03 | 雑記  TOP

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