スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





--/--/-- --:-- | スポンサー広告  TOP

応援するというのなら、図書カードが欲しい

もう、言いたいことなんてタイトルの通りでしかないのだけれど。

「ピアノで食っていきたい」、ということを、何年か前から口にしてきた。
そうするのが自分にとって一番いいことだろう、という予感があるからだ。
「ピアノで食う」。
一口に言ってみても、その方法は多岐にわたる。
ライブをする。CDを販売する。教える。ひとの伴奏をする。歌詞に曲をつける。ラウンジでBGMを弾く。ポップスのピアノ編曲をする。
ぱっと思いつくところで、こんなところ。でも、いまいちどの方法でやっていったらいいのかは、わかっていない。とりあえず、作品を作っていかなくてはという気では、いるんだけど。

「ピアノで食っていきたい」、というと、じゃあライブをしてファンを獲得して有名に、という、いわゆるアーティストのコースを想像されることが多い。ミュージシャン志望、的な。成り上がりのストーリーとして語られる、わかりやすい像。
「アンジェラ・アキみたいになってよ!」とかね(笑)。
それを期待されることになんとなく違和感はあるけれど、ライブがしたくないというわけじゃないから、否定はしきれずにいた。

「頑張って」、と言われたりする。これこれこういうところでライブをやったら良いんじゃないか、という話をされることもある。それで、「ピアノが置いてあるところがあるから、行こう」ということになったりする。大抵、おじさんだ。

ごはんを奢ってくれたり、知り合いの店に連れて行かれたりする。音楽関係の店のひとに紹介をして、「あとは自分で頑張ってね」という顔をする。ここまでしてやったんだから後は自分で売り込みをしろ、店でのライブやなんかを自分で取り付けろということだ。なるほど。
でも、そういうひとに限って、おれがどういうことをやろうとしているのか、志について、音楽の方向性について、ということは気にしていない。ライブを企画して宣伝集客をしてくれるわけでもない。なのにざっくりと店を紹介しただけで何かしてあげたぜ、という顔をしている。

まあおれだってお金がないから楽しそうに奢られたりはしてあげたりするけれど、他人の金で食う飯って、あんまりうまくない。
店を選べないし、煙草吸われるし、面白くもない話に付き合わなくちゃあならない。たまの気晴らしになることはあるけれど、その食事にいくらお金がかかっているかは関係なく、「一人で食べてたほうがましだな」と思う。(いや、行きたいけど高くて行けない店に連れて行ってもらえたら、そりゃあ嬉しいのだけれど)
「話を聞いてあげるだけでとんとんなのに、どうしてまずい飯(貧乏だが貧乏舌ではない)を食わされなけりゃならんのだ」という話をひとにしたら、「奢られる才能がない」と言われた。全くもってその通りだと思う。

でも、たかが食事や酒(しかも大したことがない)に五千円一万円使われるのって、とても気持ちが悪い。おれの今の生活費は月に4万円程度で、そこでの一万円は重たい額だ。勿論ひとによってお金の価値は違うし、ひとの財布に文句をつけるつもりはないが、おれに使われる金、というなら話は別だ。
自分のために大金がゴミのように使われるのは気分が悪い。
楽しい時間を過ごすための必要経費というなら、その辺のカフェで500円のお茶をすすりながらお話すればいい。酒が飲みたいのならワンカップ買って公園であければいい。


ねえ、おれのためにお金使ってくれるなら、そのお金、おれにくれないかしら。


さもしいと思われるかもしれないけれど、それが本心だ。
誰の本で読んだか忘れたけれど(ビートたけしか立川談志だったと思う)、昔のパトロンのようなひとは、未だ売れてない芸人を集めて食事を奢る時、必ずお金を包んでいたそうだ。奢るだけの金がない時は、食事の方をやめて、お金だけ渡す。粋だ。
売れていない、お金のない人間にとって、そうしてくれるのがどれだけ有り難いことか。

実は、そうしてくれるひともいる。たまに。
「頑張ってね」、と言ってお金を手渡してくれるこひと。大事なお金だろうに、他のことに使うことも出来ただろうに、おれの気持ちに共鳴して、預けてくれる。
その節は本当に有難うございました。助かりました。

現金が駄目だというのなら、本を買って欲しい。読むだけなら図書館でも出来るけれど、音楽の専門書は自分の家の本棚に差して、何度も読み返したい。音楽の勉強することは、おれがどういう稼ぎ方をすることになっても、必要不可欠だからだ。
音楽のことで個人的に呼び出された時、「新幹線代は要らないから、鈍行で帰るから、本を買って欲しい」と言ったことがあった。頑なに拒否された。
なるほど、店を連れ回したりして応援してやると言っていたのは嘘で、単に「ミュージシャン志望の子を引き連れる自分」に酔っているだけなのだな、と気が付いた。
非常に虚しい。



だから。
おれを「応援してやる」、というつもりでお金を使うのなら、若い子に相手をしてもらいたいだけじゃないのなら、おれに本を買って欲しい。
もう、大枚はたいて奢られても、楽しいと思えないんだ。そういうのは虚しいだけだ。
買った本のタイトルと一緒に、ずっと記憶に残しておくので。
よろしくお願いします。ほんとに。


って、今度からは、言う。


欲しいものリスト





2016/11/13 22:13 | 雑記  TOP

 | BLOG TOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。