心傷アレルギー

最近、牡蠣が、たくさんは食べられなくなった。
結構好きな食べ物だったはずなのだけれど、一個、二個食べると、もう箸が進まない。
多分、もう一生分食べてしまったのだ。食べ過ぎだ。
味や食感が嫌いになったわけじゃない。ただ、もう、牡蠣に関してだけ、お腹いっぱいなのだ。
「食べ過ぎて嫌いになる」というのは、こういうことなのかもしれない。
何個でも美味しそうに食べているひとをみると、ちょっと驚いてしまうようになった。


最近、傷付くたびに、「もうリミットが近い」という予感がする。
悪意に晒された時。嫌な目に遭った時。辛い時。
いちいち傷付いて、泣く。精神的に、脆い。脆さを、知識とロジックでカバーして、なんとか正気を保っている。
二年くらい前からだろうか。「もう傷付くキャパシティがない」。警告が来るようになった。精神からの警告。
もう傷付いてはいけませんよ、キャパシティがありませんよ。死にますよ。という意味だと思う。
死亡フラグではなく死亡ゲージ。ヒットポイント…というよりメンタルポイントだろうか。あるいはストレスポイント。
いっぱいになったら、ゲームオーバーだ。

短期的なストレスとは違う。爆発させて終わったり、あるいは美味しいもの食べて寝ていれば治る…ようなのとは違う。0に戻せるタイプではないカウントが蠢いている。正直怖い。満杯になったら何が起こるのかも、わからない。「死にますよ」と受け取っている警告も、正確に何を意味するのかわかっていない。自殺かも知れないし、あるいはアル中にでもなるのかも。不定の狂気。ともあれ絶対、いいことじゃあ、ない。
24才で警告が始まって、その時のゲージが70%と仮定して、適当な計算で、30才くらいで100%になりそうだ。
やばい。どうしよう。回復アイテムあったりしないのかな。

肉体には、寿命がある。寿命は、縮んだり、伸びたりする。煙草を吸ったり、怖い目に遭ったり、働き過ぎたりして、縮む。
そして、俺の中で為されているカウントは、きっと精神の寿命である。伸びたり、縮んだりするけれど、今俺は死期を悟ったような気になっている。
しかし、こういう予感は、人生がひっくり返るようなイベントが起これば、往々にしてなかったことにされるものだということも、知っている。

一生分傷付いた。
しんどい。
ちゃぶ台、ひっくり返したい。
視界がぐるりと回ればいい。回って、生まれ変わればいい。
30才の俺が、この文章を見つけて、げらげら笑ってくれることを、祈る。





2016/01/12 04:27 | 雑記  TOP

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