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生き延びなければならない

最近は、少し、元気。

選挙の様子を見て、陰鬱な気分になる。
恐らく、また、生き辛さは加速する。私にとって、若者にとって。あるいは、土地に、海に生きようと思う人間にとって。
仕方がないこととは思わない。
「日本死ね」と毒づくこともできない。
ただ悲しさばかりがつのる。
それでも、自分にできることを考える。

生存戦略、しましょうか。


原発がなくてもお金がなくても、生きてけるって。
ねえ、経済成長なんて、もう無理だよ。過去の幻影を見たって仕方がないんだ。そりゃあお金はあれば便利だけれど、それは健康や生命を犠牲にして手に入れるようなものではない。お金って、何かの役に立って、誰かの役に立って、その対価にいただくものだ。誰かを不幸にして、ずるをして、ひとの弱みに付け込んで、奪い取るようなものではない。


きれいごとだって思うだろうか。
でも、それを「きれいごとだ」って言って実際ではないと思い込んでいると、いつか国の偉い人が「戦争をしよう」と言った時に、「まあきれいごと言ってらんないしな」と納得する羽目になってしまう。経済的な困窮と戦争は地続きだ。
それはどう考えても駄目だ、って正常な判断力があるうちならわかる。
だからおれはきれいごとを言い続けなければならない。


別に電気なんてそんなたくさん使えなくたっていいじゃん。ひとや土地が死ぬくらいなら。電気代が上がったっていいじゃん。
近くに原発を作ろうという話がある。上関原発。
地域にお金がばら撒かれている、なんてことも聞くけれど、近くの祝島に住む人たちが、必死に反対してくれている。原発が出来たら、事故が起こらなかったとしても島の漁業が死ぬからだ。温排水によって、自然生態系が変わってしまう。そうでなくとも埋め立てによって多くの資源が失われる。
一度、祝島へ行った時に、「上関原発反対!」とでかでかと書かれた看板に迎えられて、ぎょっとした。そういう烈しい言葉に出くわす機会がなかったから。でも、今になって、あれはやらなくちゃならないことだったんだな、と思える。断固とした態度を取らなければ、お金が欲しいだけのよくわからない怪物に食われてしまうから。


蝉が鳴いている。
うちは古い家なので、よく響く。


お金が欲しいと思う。でもそんなになくていい。
月に6万円と、奨学金が返せる額があれば、十分に暮らしていける。
それでも日々の暮らしは楽しい。ストレスにまみれた生活を送って、稼いだお金で憂さ晴らしをしなければならない、という状態ではないから。

ご飯は自分で作る。近所で採れた野菜を買ってくる。たまに、作ったものを売ってみる。スコーンがすきなので極めたい。
ピアノを練習する。余った時間は文章を書いたり本を読んだり漫画を描いたりする。お金はさしてかからない。お金があれば、本を買ったり、カフェに行ったり、外に遊びに出かける。
服は古着屋で買うことが多くなった。一着300円くらいで、面白いものが買える。夏場はアロハシャツばかり着ている。ゆくゆくは自分で作れるようになってもいいのかもしれない。
食べるものも、自給自足ができたらいい。超初心者なので、とりあえずバジルとレモングラスを庭先に植えてみた。
都会でしたいこと…ライブ行きたいとか、があるとちょっと困るけれど、それでも、豊かに日々を回せる。



そういう生活を是とすることが、今のおれに出来ることなんだろう。
もっと、若いやつら、おれと同じくらいの年かもっと年下…がこういう生活したい別に農業したいわけでもないけど田舎に移住したい、って思ってくれると、あと引っ越してきてくれると嬉しい。
そのためになにかもっと書けたら、と、今、そんな感じ。

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2016/07/11 14:31 | 雑記  TOP

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